ベルベル人の母娘

平和と戦争の境目


 

これがどこの写真かわかるだろうか。2006年の圧政に苦しんでいることで評判の、チュニジアの僻地に住むベルベル人の母娘。

実に、平和で幸せに暮らしている母娘で、時折都会からやってくる俺みたいなのの落す金を現金収入につましく暮らしていた。

オリーブオイルと、イースト菌の利きすぎかもっちゃりした独特のパン、砂漠の蜂蜜しかなかったけど濃密な母娘の時間と、熱風の中、蜃気楼みたいにそこにある全くの自由を財産に生きていた。

今頃、革命政権と不安定化した中東情勢のおかげで、乞食をやっても食っていけなくなってるだろう。戦争と革命がそのすぐ後に始まるとは誰一人想像もしていなかった頃の、まさに平和と戦争の境目をたまたま撮影してしまった。

 

 

そしてついこの間、はるか地球のかなたでジャーナリストの山本美香女史が撃ち殺されたという。

とても悲しいことだと思うし、動画で見た綺麗な死に顔と仕事にこだわった姿勢に敬意を払わずには居られない。

でも言い方が悪いかもしれないけど、その死のニュースは現実からはなれてわけのわからない民主主義を語り続けてきた大方の日本人にも、はっきりと目に見える形で平和と戦争の境目を示す良い機会になったと思う。

誰か一人でも世界中の人に自分達がオススメしている民主主義や民主化というものを具体的に説明できる奴が居るだろうか?

多分、即それが出来るやつは一人も居ないだろう。

ところが、我々先進国の人間は、そんなあやふやなものを押し付けるためにあちこちで摩擦と対立を産んで、雲霞のごとく死人を生み出してきた。

勿論、当事者一人一人に悪気は無いだろうし、死人が出るなんて思いもしなかっただろう。

しかし、今日大半の日本人はシリアの(反政府主義者の発表によれば)政府軍はなんて野蛮なんだ アラブ人怖い イスラム教は危険だ と嫌悪感や警戒心をどこかで抱くことになっただろう。

 

しかし、立場を逆にして考えてみて欲しい。

曖昧な民主化とか言うわけのわからないものを推進するために、誰か西側の人間が、反政府主義者とか山賊に陰で軍事支援を行なって、妙に大衆扇動と軍事的なことに才能がある奴が、初めは小さなゲリラ集団を作りそのうち反政府軍を立ち上げて、俺たちに賛同しなけりゃ撃ち殺すとわめいて戦争を巻き起こす。

西側の民衆とマスメディアがこぞってそれを絶賛して、良いことでも起きるのかと思えば、そこらじゅうでバタバタ人が死んでいく。そしていつしか、戦争で自分の親兄弟、子供達が犠牲になって死んでいく。

 

残された人々は、この運動を影に支援した誰かの事は、我々が抱く警戒心以上に、誰かが誰なのか、そいつにどうしたいのか明確な形を持って敵意を抱くに決まっている。

 

俺たち日本人の大半はそういう具体的な損失を伴った感情的な負の連鎖を生み出していることに何の頓着をすることもなくテレビに流されて生きてきて、同じように鈍感な政治家を生み出して来てた事に気付かなければいけない。

革命が起きる前の中東を俺は自分で見て知っている。圧政なんか別にどこにも無い。みんなどこの国でもやっている床屋談義のレベルで政治に文句を言うだけで、それなりにマッタリ暮らしていただけだった。

むしろ、民主化政権とやらが主権を握る前と違って、あちこちに高層ビルが建ち始めて、好景気の走りの状態だったし、どこでも観光できる平和で静かな国だった。

しかしその床屋談義を針小棒大に伝えた奴の言葉を真に受けて、民主化と正義を振りかざした結果こうなったのであって、シリアには山本美香さんとその遺族達と同じ立場の悲しい人たちが山ほど居ることを忘れてはいけない。誰一人そんなことを考えている様子はないけれど。

 

忘れちゃいけないのは、本当にシェアする必要があるのは、別にイデオロギーなのではなくて、誰もが困窮することなく暮らすことの出来る環境であって、その環境を維持・実現できるのであればイスラム原理主義だろうが共産主義だろうがアニミズムだろうが何だって良いってこと。

ところが150年位前から一貫し、て先進国は飢餓輸出作で富を後進国から奪い去って(米や小麦の生産を止めさせて、綿や茶、とうもろこし、フルーツを生産させる。そして、自給自足を破壊された民衆が毎日のパンと米を買うために皆が金や宝石を換金するため、イナゴに食い荒らされたような飢餓状態になっていく)、それぞれの民族や文化、地域事情を無視した物差しで引いたような国境線、空腹も乾きも癒すことの無い民主主義とやらを置き去りにして逃げていった。
その本質に気がついて新しい何かを考えない限り、またどこか違うところで平和と戦争の境目を撮影することになって、どこかで悲惨な山本美香さんが生まれてしまうことになるだろう。

そして山本美香さんを殺したのは、反政府主義者の発表する政府軍の銃弾ではないし、嘘をついてる可能性が感じられる反政府主義者の銃弾でもない。そもそもの争いの火種を作った民主主義者のせいだという事をいい加減で気付かなければいけない。

 

田舎の八百屋。ナツメヤシと果物を中心に売っている。生鮮野菜を食べる習慣があまりないのか、青野菜は見かけない。

ブルギバ通りから一本入ったチュニスの旧市街。迷路みたい。

小麦の生産国だけあって、由来のお菓子とパンは物凄い種類。美味い。屋台のドーナツもオススメ。

フェニキア時代からの港湾を見下ろすカフェ。ここが革命デモの最も激しかったエリアの至近にあたる。ジャスミンの生花を売っている花売りのおじさん。

カルタゴの丘から。観光客の娘さん 大アフリカヌスとハンニバルはこの近くでも戦っているはず。

イスラム教7番目の聖地カイラワン。礼拝時間直前の街の様子。(礼拝時間には人っ子一人居なくなる)

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